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2005.12.11

山科寺内町の中心部の遺構をみる

12/10(土)

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 午前10時30分頃、山科へ。
 山科本願寺・寺内町跡のうち、中心部分(第一郭、いわゆる「御本寺」地区)で建物跡などが出土したと知り、現地見学会に行きました。

 調査区はせまいのですが、貴重な遺構・遺物がいくつも見れました(写真、東から。クリックしてください。拡大します)。

 柱跡を示す穴は、掘っ立て柱と礎石建ちがあったことを示しています。
 それが一時期のものか、2期以上にわたるのかはわかりません。

 しかし「御本寺」地区は、創建者の蓮如以来、約50年間維持されていたわけですから、一度も建物の立替がなかったとはいいにくいですね。
 
 建物の資材の一部と思われる磚(せん。レンガのようなもの)もいくつか転がっていました。
 この地が焼けたことを示す焼土層もあり、なかなか見ごたえのある遺跡でした。
(山科本願寺・寺内町は天文元年=1532に焼失しています)

 この附近には山科本願寺・寺内町の中心建物、すなわち御影堂、阿弥陀堂、寝殿などがあったと考えられています。
 おそらく今回の遺構は、それらか、それに付随する「何か」です。

* * *
 この地にはこれから新築の建物が建つようです。
 が、遺構は地下に眠るようです。
 破壊されないということです。

 発掘は国庫補助金で行われたそうです。
 文化庁は「山科本願寺・寺内町遺跡」(一部が国史跡)を大事に扱ってくださっているようです。

 将来見つかるであろう中心建物の遺構を、破壊することなく、永久に守る手立てを今から考えていただくよう願っております。

 帰りに、現存する土塁を見に行きました。

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 最近まであったM書店が移転し、その環境が変わっていました。
 ショベルカーが動き、堀跡が改修されていました(写真2)。

 後世に山科本願寺・寺内町遺跡はどの程度残せるでしょうか。

 ふと、もう10年近くもそのことを気にしているなぁと、きづきました。
(山科本願寺・寺内町の歴史を学ぶ会は、1997年春にはじまりました。)

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