会津若松城下町の話をする
12/15(木)はれ
栄中日文化センター「古地図講座」の日。
本日は、会津若松城下町について。
江戸城紅葉山文庫にあった同城下町正保図が、戊辰戦争の時新政府軍に持ち出され、現地に放置された話など、城下町の歴史、特徴についてお話しました。
過去に同城下町を訪れた際、戊辰の激戦地「十六橋」から山道を通って入りました。
新政府軍と同じルートを通ったわけです。
途中、旧滝沢本陣(国史蹟)に入りました。
柱に生々しい刀傷がありました。
会津松平家の武士の行為とはとうてい思えず、解説の通り新政府軍によるものでしょう。
あの不快感は忘れられません。
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コメント
あるアーキビストさま
特別フィールドというわけではありませんが、近世都市史を専門のひとつにしていますので、その視点で各城下町を語ることはできます。
ましてや戊辰役の戦場になったところですから。明治維新史も専門ですからね。
「ふふふ」は何かな。
投稿: 中村武生 | 2005.12.21 09:43
会津の話もできるのですね。
それはイイことを聞きました。
ふふふ・・・。
投稿: あるアーキビスト | 2005.12.21 07:20
ててさん
こんにちは。
またお目にかかったおりに、エキスをお伝えいたしますよ。そんなに残念に思わずにいてください。
投稿: 中村武生 | 2005.12.18 11:06
先生、こんばんわm(__)m
ああぁ~会津の話・・・聞きたかった(ToT)/~~~
投稿: てて | 2005.12.18 02:04