坂本龍馬研究の「いま」を伝える
12/3(土)はれ
腰、少し痛みやわらぐ。
栄中日文化センターの日。
のぞみで名古屋市へ。
「坂本龍馬講座」の3回目です。
大久保一翁の大政奉還論、および勝海舟と龍馬の関係について論じました。
その前に、自分の維新史調査のニュース速報を行います。
坂本龍馬の墓は、いま京都霊山護国神社の社地になっていますが、維新前はちがいました。
正法寺(時宗)の境内にあった「霊明社(霊明神社)」(千坪)でした。
維新後、すぐそばに東山招魂社(いまの京都霊山護国神社)が創建され、政府によって霊明社(霊明神社)の土地の大半が没収(上知)されてしまうのです。
なぜ坂本龍馬などはこの地に埋葬されるのか。
その事情は、幕末期の霊明社(霊明神社)を検討しないと分かりません。
京都市歴史資料館には、「霊明神社文書」の写真版が所蔵されています。
最近、その記録を読んでいます。
まだ分からないことばかりですが、少し分かったことがありましたので、それをお話しました。
(写真は現在の霊明神社)
感銘を受けました、と中日文化センターの聴講者にお伝えいたしました。
「大日本維新史料稿本」は維新史料の宝庫です。
京都におりながら、これが手の届くところにあることを、天に感謝します。
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コメント
ててさん
こんばんは。
ご多忙中、ご遠方ありがとうございました。
またどうぞお越しください。
投稿: 中村武生 | 2005.12.04 23:50
こんばんわ!昨日の忘年会、少しの時間しか参加できませんでしたが・・・楽しかったです。
また、お会い出来る日を楽しみにしております。
投稿: てて | 2005.12.04 23:08