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2005.11.07

伏見魚三楼の戊辰役の弾痕を見る

11/6(日)あめときどきくもり

P9100071

 伏見を歩くイベントの日(京エコロジーセンター主催)。
 当初、定員24名。
 定員オーバー後も申し込みがつづき、26名までは受け付けましたが、残りはお断りをしたそうです。
 担当者H氏によると、この手の企画では初めてのことだそうです。

 ところが当日、待ち合わせ場所に飛び入りが1人ありました。
 さらに歩きながら、2人また飛び入りされ、計29人となりました。

 これもすごい。

 京阪電車「伏見桃山」駅で集合。
 京町三丁目の魚三楼の鳥羽伏見戦争の弾痕を見に行きます(写真)。
 
 伏見の町は同戦争で焼けたはず。
 当ブログの読者は、これまで寺田屋の話しをさんざんしてきたので、ご存知のことと思います。
 ではどうして弾痕が残っている?
 
 ここで鳥羽伏見戦争当時の焼失範囲を示した瓦版(コピー)をみます(「本しらべ城州伏見大火の図」)。
 徳川方の本拠である伏見奉行所の西側は、一帯が焼失範囲です。
 ところが、わずかに戦火を免れた地域があります。
 そこに「京町三丁目」がありました。
 
 なるほど燃えなかったのか。
 それなら弾痕が残っていても不思議はありません。
 
 寺田屋などの事例を体験していると、こういう結果はとてもさわやかになります。
(つづく)

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