伏見義民の碑のことなど
11/6つづき
つづいて御香宮神社へ。
御香水を試飲します。
社務所で金箔瓦を見せてもらいます。
宮司さんから解説を賜る。
宮司さんは伏見城址研究会の代表をしておられます。
京都市の周知の遺跡になっていなかった時代に、個人で採集してきたものとうかがい感銘を受ける。
こういう個人の努力が、つぎの時代の遺跡保存、調査研究につながります。
「明治維新伏見の戦跡」碑(写真)のあと、表門そばの「伏見義民」碑に立ち寄る。
天明年間、伏見奉行の悪政に立ち向かい非業の最期を遂げた町人7人のお話しです。
この事件はその後も子孫に類が及び、ついに大半の血縁は絶えてしまったそうです。
おそらく住民も連座をおそれ、保護できなかったのでしょう。
維新後、事件の100年目にようやく顕彰碑がたつわけです。
住人は事件を忘れられなかったのでしょうね。
専門ではありませんが、思いを込めてお伝えしました。
(つづく)
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コメント
山崎さま
はじめまして。ブログ読んでくださりありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 中村武生 | 2005.11.11 09:38
いつも楽しく拝見させてもらってます。私は明治を「世界が一つになった時代」と捉えていて、国際経済史のスタートと考えています。時間がある時に、ブログとホームページを見て下さい。最近、近い時代のモルガンを特集しました。日本の歴史に詳しい方がどう思われるか知りたいです。
投稿: 山﨑 | 2005.11.11 02:07