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2005.11.18

都市城壁(惣構)を町づくりにいかすシンポ

 以下のシンポジウムに、私、中村武生も報告者として参加します。
 都市城壁とまちづくりを論ずる、実にめずらしいイベントです。
 ぜひお越しください。
 
■大阪市立大学大学院文学研究科21世紀COEプログラム/重点研究 共催
  シンポジウム「歴史遺産と都市文化創造」

< 都市城壁(惣構)を町づくりにいかす >

  日時  2005年11月23日(水・祝) 10:00~17:00
  会場  大阪市立難波市民学習センター

       地下鉄・近鉄「なんば」駅から徒歩10分
       大阪市浪速区湊町1-4-1 OCATビル4F
              06-6643-7010
       http://www.ocat.jp/center.html
  入場無料(どなたでも参加できます)

【趣旨】
 ヨーロッパや中国・朝鮮の都市とちがい、日本の前近代都市には、都市城壁が存在しないといわれてきた。

 しかし、戦国時代(16世紀)には、寺内町や堺などの自治都市のみならず、多くの城下町で惣構(そうがまえ、「総構」とも)が築かれ、土塁と堀の内部に都市住民の居住区を囲いこんだ。

 豊臣政権期(16世紀末期)から江戸時代初頭(17世紀前半)の城下町においても、こうした傾向は継続する。これは、この時代の都市空間をめぐる、武家権力と城下町住民の間の緊張関係を物語る一つの要素である。

 だが、近世中期において、都市が戦乱の恐怖から解放されて以降も、城下町の惣構の多くは破壊されることなく残った。そして、近世末期から明治時代初頭、城下町の近代化にあたって、大半の惣構はまたたく間に破壊されつくす。

 このことは、江戸時代において、築造当初とは異なる意義をもって惣構が継続し、その意義が失われることがすなわち近代化であることを示唆する。

 旧城下町地区の周縁部に位置し、緑と水の空間を演出する惣構跡は、現代都市の中で貴重なオアシスとなっている。あるいは、そこを憩いの空間として復原しようとする政策が各地で試みられている。

 本シンポジウムは、日本の都市史において惣構がもっていた歴史的意義を解明するとともに、現代におけるその活用の方法をさぐることを目的とする。

 その際、都市城壁の保存・活用においては最先進国であるイタリアの事例との比較をおこないたい。

報告 (午前の部)
    内堀信雄氏(考古学、岐阜市教育委員会)
      「総構活用は未来への橋渡し~岐阜市の過去・現在・未来~」

    増田達男氏(都市史、金沢工業大学)
      「城下町金沢の惣構堀と現況
             ~GISによる古地図・現地調査の比較分析~」
     (午後の部)
    中村武生氏(日本史・歴史地理学、佛教大学)
      「京都惣構『御土居堀』の啓発とまちづくり計画
                      ~御土居堀研究会の活動~」

大黒俊二氏(西洋史、大阪市立大学大学院)
      「現代イタリア・市壁との共生
           ~ルッカ、チッタデッラ、ボローニャの事例から~」

  シンポジウム   コメント 堤 道明氏(大阪市経営企画室長)
                北川 央氏(日本史、大阪城天守閣)

    論点整理・コーディネーター
               仁木 宏(日本史、大阪市立大学大学院)

*提出いただいた準備ペーパーなども総合しますと、みなさんの御報告は以下のようになると思います。

 内堀さんのご報告は、古代から現代までの岐阜市の成り立ちを復元図などで説明した上で、まちづくりにおける総構活用の現状を行政・NPO法人・住民組織の3者の立場から紹介されるものです。

 近代における都市計画至上主義を見直し、協働のまちづくり活動を進めてゆくなかで総構がどのような可能性をもっているのか論じていただきます。

 増田さんのご報告は、近世城下町の惣構(堀)がもっともよく残っている(?)金沢において、現在の用水が近世の惣構の位置とどの程度、合致するかを解明します。

 その上で、今夏おこなわれた西外惣構堀の発掘結果を報告いただき、また金沢市による、惣構堀をいかしたまちづくりの先進的な事例を紹介してもらいます。

 中村さんのご報告は、日本の都市城壁(土塁)としてはもっとも残りのよい(?)、京都の御土居堀を対象に、それが近世、幕府権力によって竹の生産地としてきびしく管理されていたことを説明いただきます。

 また、近代以降、破壊の進む御土居堀の実状と、御土居堀を利用したまちづくりをはじめた鷹峯地区の活動について述べていただきます。

 大黒さんのご報告は、イタリアの中世・近世に城壁を築いたルッカ、チッタデッラ、ボローニャをとりあげ、市壁の歴史とその活用について説明いただきます。

 市壁の保存と破壊が、単なる偶然ではなく、それぞれの都市の歴史的性格と密接にからまり合っていることを「傷つきやすさ」「屈折した共生」などのキーワードで語っていただけるようです。

 今回のシンポジウムは、都市城壁(惣構)の実態や構築された理由をさぐるというよりは、それがその後、どのように継承されたか、あるいは破壊されたかということを、それぞれの都市の歴史の文脈のなかで解明してゆくことが主になりそうです。

 その上で、今後、そうした都市城壁をまちづくりにいかしてゆく方法、理念などについて、新しい提案をすることができればと考えています。

 お二人のコメンテーターからもそうした趣旨のコメントをいただけるはずです。

 都市の歴史をしっかりと見すえた上での歴史遺産の活用やまちづくりの提案ができればと思います。
(仁木宏氏)

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