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2005.10.26

何でも経験はするものだと思う

10/24(月)はれ

book20051024-1

 天理大学の日。
 帰途、京都・河原町で古書店、新刊書店をひやかす。

 人生いろんなことを経験した方がいいものらしい。
 気づけないことに気づけるようだ。

 このたび初めて単著をもった。
 その書物が、どこの店の、どのコーナーに、何冊ぐらい、どのように置かれているか、どれほどのペースで売れるのか、関心をもって見て歩いています。
 
 いままでさんざん書店を利用してきた。
 それにもかかわらず初めて気づくことがあった。

 同じ「書店」でも、本店・支店の差異によって置かれる場所や置かれる量がことなるらしい。
 京都のO書店本店は、発売当日、約10冊、レジの前の新刊売り場に平積みだった。
 しかも2階の京都コーナーにもちゃんと1冊並んでいた。

 ところが同じO書店三条烏丸の支店には1冊も置いていなかった。
 
 河原町六角の大型書店、B書店では、日本史・中世(戦国)のコーナーに平積みだった。
 ところが京都コーナーにも、新刊コーナーにも置いていなかった。

 新京極六角の大型書店、K書店では、京都コーナーに平積み。
 逆に歴史系コーナーには1冊もなし。
 
 1冊の本をめぐり、書店はもとより、本店・支店でもこんなに扱いがちがうということを初めて知りました。
 個々の書店の裁量任せなのですね。
 それは良し悪しでしょう。

 拙宅の玄関には、拙著の広告を貼っています。
 近所の、ほとんど話したことのないおじさんが、この広告を見て、僕に話しかけてきます。
 「あんた、御土居の研究してんのか」
 「ご関心がおありですか」
 「そら、そうや。わしら小さいときから御土居をみて暮らしてきたんや」
 それから10数分立ち話。
 おじさんの「御土居」の話しがつづきます。
 おじさん、楽しそう。

 京都新聞出版センターには、新聞広告を読んで、年配の方から問い合わせがあるそうです。
 「どんな本ですか」と。

 昨日、本日も京都の大型書店2~3から再注文があったそうです。
 すでに印刷分の半数が世の中に流れた計算になります。
 まだ発売から5日間です。

 この本は京都市内で売れ行き好調のようです。
 「歴史の本」として売れているのではなく、京都の本として売れている感じです。

 書店さん、京都コーナーに置いてください。
 売れ行きが変わるような気がします。
 タイトルに「京都」を入れるべきだったなぁと、少し後悔しています。

 今回、京都の新進気鋭の写真家、水野歌夕(みずの・かゆう)氏も、初めての写真集を出されました(『京の路地風景』東方出版)。
 実は僕と同期で同窓です。
 同じ佛教大学史学科1991年卒業です。

 その2人が、いっしょに初の単著を出したわけです。
 さらにいえば、2001年、僕が京都新聞で連載していたとき、彼女も同じ曜日に連載をしていました。
 こんな偶然ってあるんですね。
 不思議なご縁です。

 K書店に行くと、その2人の書物が隣同士で並んでいました(写真)。
 すごいなぁ。

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