伏見城下町と坂本龍馬史蹟を歩く
10/8(土)あめのちくもり
午前10時、京都駅でF氏と合流。
目的は伏見城と城下町を歩くことです。
F氏は名古屋の中日文化センターのお客さんです。
伏見城跡に残る「治部池」をご覧になりたいといわれたので、ご案内することになりました。
治部池は、もと伏見城の水堀の跡です。
ただそれだけではすぐ終わってしまいます。
それゆえ別のネタのご案内もいたしましょう。
F氏は坂本龍馬の熱心なる愛好者であられるので、坂本龍馬が寺田屋で遭難した際の逃亡ルートを想像して歩く、というのを提案してみました。
関心をもっていただいたので、まずそれを行います。
京都駅から近鉄に乗り、丹波橋駅から京阪に乗り換えます。
中書島駅で下車。
まず久しぶり、三宅碑をながめます。
表に「長建寺」を指し示す大き目の道標です。
側面には「寺田屋/大黒寺」を案内しています(写真。移転前)。
「寺田屋/大黒寺」はともに維新史蹟です。
「寺田屋」は有名ですね。
大黒寺も寺田屋事件戦死者9名の墓所なのです。
さて以前にブログでご紹介しましたが、最近この三宅碑は位置が変わりました。
僕はそのとき強く怒りましたが、その後、移転の経過がわかってまいりました。
どうやら行政はこの碑が邪魔で、撤去を望んだそうです。
それに対してある方が、強く反発し、そのため場所移転ですんだそうです。
場所移転はまだましで、運が悪ければ、消失したわけです。
「ある方」から、僕の三宅碑調査の助力者K氏に手紙で連絡がありました。
それを拝見して知りました。
お寒い話しです。
(つづく)
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