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2005.10.10

伏見城下町と坂本龍馬史蹟を歩く

 10/8(土)あめのちくもり

 午前10時、京都駅でF氏と合流。
 
 目的は伏見城と城下町を歩くことです。
 F氏は名古屋の中日文化センターのお客さんです。

 伏見城跡に残る「治部池」をご覧になりたいといわれたので、ご案内することになりました。
 治部池は、もと伏見城の水堀の跡です。

 ただそれだけではすぐ終わってしまいます。

 それゆえ別のネタのご案内もいたしましょう。
 F氏は坂本龍馬の熱心なる愛好者であられるので、坂本龍馬が寺田屋で遭難した際の逃亡ルートを想像して歩く、というのを提案してみました。

 関心をもっていただいたので、まずそれを行います。

 京都駅から近鉄に乗り、丹波橋駅から京阪に乗り換えます。
 中書島駅で下車。

teradaya

 まず久しぶり、三宅碑をながめます。
 表に「長建寺」を指し示す大き目の道標です。
 側面には「寺田屋/大黒寺」を案内しています(写真。移転前)。

 「寺田屋/大黒寺」はともに維新史蹟です。
 「寺田屋」は有名ですね。
 大黒寺も寺田屋事件戦死者9名の墓所なのです。

 さて以前にブログでご紹介しましたが、最近この三宅碑は位置が変わりました。

 僕はそのとき強く怒りましたが、その後、移転の経過がわかってまいりました。
 どうやら行政はこの碑が邪魔で、撤去を望んだそうです。
 それに対してある方が、強く反発し、そのため場所移転ですんだそうです。
 場所移転はまだましで、運が悪ければ、消失したわけです。

 「ある方」から、僕の三宅碑調査の助力者K氏に手紙で連絡がありました。
 それを拝見して知りました。
 
 お寒い話しです。
(つづく)

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