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2005.10.16

奨学院址碑、消失する

10/9(日)

ichigoro

 市五郎神社に参拝(中京区西ノ京原町、国史蹟指定地、写真)。
 土塁(御土居)が境内にあります。
 あたかも土塁が神体のようです。

 先日、拙著『御土居堀ものがたり』を謹呈しましたところ、改めて5冊のご注文を頂きました。
 本日、お届けにあがったわけです。
 
 帰途、千本三条の交差点に立ち寄りました。
 ある変化がありました。

 そこにパチンコ店がありました。
 しばらく改装のため休業しておられました。
 本日、新装開店されたようです。

 そんなことに何の関心があるのか?

PC180123
 
 実は以前、ここには京都市教育会が戦前の大正6年(1917)3月に建立した、ある石碑が建っていたのです。
 「従是西北 奨学院址」(これよりせいほく、しょうがくいんし)です。

 奨学院は、在原行平(在原業平の兄)が創建した一族のための教育施設です。

 以前のパチンコ店の改装では、1度石碑は撤去され、「後ろ向き」という劣悪な状態で再建されていました。
 今回の改装で再び撤去されなければよいが、念じていたのです。

 立ち寄ってみました。
 ありません。

 警備のおじさんに声をかけ聞いてみましたが、「しらんなぁ」。
 
 ああ。
 すでに無くなったことが確実な京都市教育会の建立碑は、以下の通りです(順不同)。

 ○北持明院殿址
 ○柴田鳩翁修斉舎址
 ○尊攘堂址
 ○此附近源義経堀川邸址
 ○林道春邸址
 ○豊臣秀吉築造京都市外郭御土居残きょ
 ○後藤象二郎寓居址

 また増えてしまったということでしようか。
 改めて関係者を訪ねてみないといけません。

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