佛教大学秋学期、開始する
9/28(水)はれ
昨日のブログのアクセス数におどろいた。
339です。
いつもは200~250程度です。
300を超えたこともなかったはず。
拙著刊行の影響だろう。
佛教大学、秋学期の初日。
担当は再び「歴史地理学」です。
見た顔が多数ある。
一昨日、大学院を合格したSくんなど、「登録しました」とメールで連絡があった人は知っているのですが。
いったい何人が過去に僕の講義を受けたことがあるのか。
念のため、それを問い、挙手を願うと、約半数に及ぶ。
また受けに来てくれるのはうれしい。
が、持ちネタがばれているというのはなかなかつらい。
新ネタを準備しなくてはなりません。
ブログをみて、拙著をサイン入りで購入したいという学生さんもあったりして、楽しい初日でした。
初日はオリエンテーションですので、立ち入った講義はいたしません。
夜は、右京区の文化会館での「三宅日記輪読会」に参加。
本日は1922年(大正11)1月条。
石碑建立記事はありませんが、前月に完成したばかりの石碑の前で、店員一同と記念写真を撮る記事などがありました(1月2日条、写真)。
当該の翻文は、以下のとおりです。
「(略)洛東双林寺、芭蕉堂横ニ新設の故父上遺言の指道碑前ニ店主、店員一同撮影ス」
そういえば最近、「三宅碑」の連載が停止しています。
ご愛読の方には失礼をしております。
メンバーのMさんから、出来たばかりの『総合資料館だより』145号を頂戴する。
掲載されたMさん執筆「所蔵調査―『新幹線』のわな」に、僕の撮影写真が使用されたためです。
「山科本願寺・寺内町の土塁」の写真です。
なおこのMさんの論考は、ご勤務先での書物の検索時に気づかれた、あるエピソードを紹介されたものです。
先入観から生まれた最初の「ミス」が、そのまま引き継がれ、多数のその後の書物に影響を与えた興味深い事例です。
これは図書館職員だけの話しではありません。
研究者が論文や著書に文献名を引用する際、細心の注意をもって記載しなければ後世に害をなす、ということを
指摘されています。
短文ですが、示唆に富む、具体的な論考ですので、ご一読をおススメいたします。
さて本日は以前の常連で、いまは四国のバス会社に就職したK君がひさしぶりに参加されました。
K君は花園大学の最初の教え子です。
こうして忘れずにやってきてくれることは実にうれしいことです。
夜はK君を囲み、「花園」駅前の安い中華料理店「O」で懇親会。
楽しい夜でした。

