長浜城歴史博物館で驚く
長浜到着。
到着して地域を見渡す。
ほっとします。
長浜は僕にとって心の「故郷」のひとつです。
20代後半、仕事で山ほど通った場所です。
さっそく長浜城歴史博物館に行く。
学芸員の太田浩司(おおた・ひろし)氏を訪ねます。
「恩人」であり、「心友」(自称)です。
昼食に行かれて不在。
残念。
まず「田中吉政とその時代展」をひとりで拝観。
担当者太田氏の気合を感じました。
肖像画三種、すべてきていましたし、大量の文書もまたしかりです。
ここまで田中吉政を取り上げた展示は過去に絶対なかったはず。
しかも『秀吉を支えた武将・田中吉政』(サンライズ出版)という、立派な図録も刊行されていました。
いろいろ知らないことを学びまして、それをひとつひとつ申し上げたいところです。
が、ダントツで驚いたことがありました。
それを述べます。
それは田中吉政が仕えた豊臣秀次の墓所、京都・瑞泉寺に所蔵されている、秀次の妻妾たちの辞世の句を軸にしたものです。
亡くなった妻妾の衣類を使ったもので、「瑞泉寺裂(きれ)」と展示説明にありました。
僕は初めてみたのでモノをみただけではピンとこなかったのですが、「瑞泉寺裂」という文字に目をうたがいました。
ええーっ。思わず口があいてしまいました。
となりにいたお客は、気持ち悪かったことでしょう。
覚えておられますか。
瑞泉寺は秀次の墓所であると同時に、われらが三宅清治郎ご家族の墓所なのです。
清治郎の母の埋葬以来の由緒です。
亡母の墓所なので、清治郎はここにいくつもの建碑をしているのですが、実はそれ以前に別の寄付をしているのです。
それが「瑞泉寺裂」20巻を入れる木箱です。
「日記」に出てくるのです。
京都府指定文化財なので、京都国立博物館に寄託されています。
それゆえ 僕は現物を見たことがありません。
いま目の前にあるのはそれではないのか。
すると展示されていないが、収蔵庫に木箱も来ているのではないのか。
もしかしたら「三宅清治郎」の一字があるかも知れない。
担当太田氏に尋ねねば。
もうご帰館だろうか。
再び事務所へ向かう。
(さらにつづく)
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コメント
サンライズ出版の方からのコメント
おどろきました。
いつも意義深い出版活動、敬意を表しております。
今回の『田中吉政』も中身の濃い、好著と存じます。
太田氏の思い、僕もうかがいました。
本書が田中吉政顕彰に一石を投じることを期待しております。
投稿: 中村武生 | 2005.09.20 20:54
サンライズ出版・広報係です。
田中吉政展、初日に行かれたのですか?
原稿入稿から約1ヵ月で納品というわけで、
10日の朝、博物館へ社長が届けに行きました。
開館前から何人かの人が待っておられたとも聞きました。
太田さんは、「八幡堀を作ったのも田中吉政だから、もっと近江八幡で顕彰すべき」とおっしゃっていました。
投稿: 木綿屋おせん | 2005.09.20 12:18