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2005.08.12

日航123便の事故を思う

8/12(金)
 本日も「某所」で高校生に講義。

11-01

 応仁の乱を論ずる(写真は「西陣」碑、三宅碑)。
 よけいなお世話なのに、京都がいかに壊滅したか語る。
 入試には出ない。

 本日、日航123便の事故から20年。
 あの日のこと、覚えています。
 
 稀少の生存者、川上慶子さんが島根県大社町だったことも忘れられない一つです。
 (僕は島根県大田市生まれ)

 多くの小学生が死んだのですね。
 娘のことを思い、断腸の思いです。

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