三宅碑第1号を石匠に依頼す
碓井を訪ねた翌日、すなわち1921年(大正10)9月20日、清治郎は京都市役所の地理係を訪ねます。
目的は「道標建設の届を」提出するためです。
清治郎があのおびただしい石碑を無断で建てていたのではないことが分かります。
ちゃんと行政の許可を得ているのです。
なおここでも清治郎は本碑を「道標」と記しています。
それからまた約1ヵ月、間があきます。
10月25日、再び市役所地理係を訪ねます。
この日は続きがあります。
その足で「石匠中村方に立寄」ります。
「石匠中村」は、京都市中京区富小路錦小路上ル東側にあった石材店です。
当時知られた石匠だったようで、京都市内の多数の寺社の石碑にその名を確認することができます。
清治郎は自宅の外壁建設など、以前からこの石材店を利用しているようです。
実はこの「中村」こそ、三宅碑を多数刻むことになる石匠なのです。
またお時間がまいりました。
どうぞ次回をお楽しみに。
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