三宅碑建立の意味を「八幡の郷土史家」で解く
昨7月12日(火)、ようやくパソコンが修理から帰ってまいりました。
ご心配をおかけしました。
さっそく本日の佛教大学の講義で使用できました。
ついに前期最終回です。
今回は石碑(石標)が建立されたことによって生まれる、「地域の歴史像」についてお話しました。
例えば京都府八幡市には三宅碑が約140本も建立されていますが、それはどういう意図でなされ、その結果八幡地域の人々の歴史認識にどのような影響を与えたか、を問題にしました。
それは西村芳次郎(閑夢)という八幡の郷土史家の、実に個性豊かな行動を「発見」することにより解明が可能になったという落ちです(写真は西村が揮毫した三宅碑)。
少しマニアすぎたかも知れません。
なおこれについては、
■拙稿「鳥羽・伏見の戦い―史蹟を読み解く視点」(『別冊歴史読本 新選組を歩く』新人物往来社 2003年10月)
■拙稿「『三宅安兵衛遺志』碑と西村芳次郎」(『京都民報』2129号所収、2004年4月11日)
に概略を記しました。ご参照ください。
また秋にはJR東海のイベント「石碑のまち 八幡」で、現地でさらに詳しいお話しをさせていただく予定です。
どうぞご参加ください。
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コメント
ててさん、こんにちは。
待望くださり誠にありがとうございます。
現在9月25日の実施予定で企画準備中です。
ご予定をあけておいて頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
投稿: 中村武生 | 2005.07.16 09:45
先生、こんばんわm(__)m
今回のイベントっ待ちに待った三宅碑!!
参加できるように..予約っ頑張ります(>_<)
毎回の事ですが..イベント前日には上洛してると思います。凄く楽しみです(^O^)/
投稿: てて | 2005.07.15 00:02