2019.06.26

最近の中村武生の講座・巡検

◆ 日本史講義「日本の歴史と天皇・公家・武家」  

 

連続型・各回募集。14時間ですが、論理性のある豊かな内容のお話は大変楽しく、時間もあっという間に過ぎると好評です。

 講師:中村武生

 主催:アイリス京都(http://kimikonakatsuka.wixsite.com/iris )

 日程: 

24回:2019年7月21日(日)12:30-16:30

 島本町ふれあいセンター・視聴覚室(3階)

  次回テーマ:「織田信長と京都―後奈良天皇から正親町天皇へ」
   

各回4時間。1時間おきに休憩あり

 参加費: 3000円(当日徴収、キャンセル料なし)

 申込み方法:次のことを明記の上、メール(kimiko.nakatsuka@gmail.com )下さい。電話(090-6203-4380中塚)も可。

    1.お名前  2.当日連絡がとれる電話番号 3.どの回の講義に参加ご希望か?  

  *各回ごとに参加できます。各回ごとの講義の詳細なレジュメがサイトから読めます(http://kimikonakatsuka.wixsite.com/iris/history )。

 サイトから読めない方はご連絡下さい。尚、レジュメはアイリス京都が作成したものです。

 

 

.

中村武生の日本の歴史、いま・あのころ

新聞に載った最近の日本史ニュースの解説と高校日本史レベルの講義を行います。

第239回 足利尊氏、九州からの再起 など  

日時:2019年7月2日()午後0時50分~午後2時(1時間10分ていど)

会場:キャンパスプラザ京都(4階第4講義)

原則毎週火曜日、同じ時間 

(京都市下京区西洞院塩小路下ル東側。JR京都駅中央改札から西へ徒歩4分)

予約不要 

受講料:500円(会場でお支払いください)

次回は、 年7月9日()です 。時間・会場は同じです。

 

西郷隆盛のみた京都―その手紙を読んでみよう

 

 

本年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の主人公、西郷隆盛とミヤコである京都の関係を紹介します。

明治維新政治史のなかで位置づけます。

.

4月、坂本龍馬殺害―その日、西郷は京都にいなかった

5月、王政復古政変―慶喜を排除したい西郷

6月、鳥羽伏見戦争―戦況が気になり伏見まで飛び出す

7月、京都を出たり入ったり―天皇睦仁の大阪行幸を見送る

8月、たった6日、4日の京都滞在―戊辰戦争により東奔西走

9月、最後の上洛―明治5年5月、西国行幸にともない

.

主催:NHK文化センター京都教室 お申込みは以下へ

https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1115368.html

 

「明治維新史をまなびなおす-そのとき龍馬と新選組はどこでなにをしていた」

 第11回「島津久光の率兵上京」

 講師:中村武生

 2019年7月7日(日)午後5時30分~6時30分 

参加費:千円(要予約)

場所:酒場龍馬(京都市中京区木屋町通六角下ル)

主催:NPO法人京都龍馬会http://www.kyoto-ryoma.jp

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※日程変更しました

「新選組論―幕末政治史のなかで捉えなおす」/

演者 :中村武生

2019年9月22日(日)13:30~15:00/

終了後懇親会があります/

要予約(YSB の玉置さん090ー7094ー7937)/先着40名

於奈良県橿原市・札の辻交流館(橿原市北八木町2-1-1、0744-26-2684)/

千円/

主催:YSB(大和・桜井・幕末維新を学ぶ)

 

「政治史のなかの新選組」in京都

 [日時]2019年7月7日()午後2時から2時間ていど

 [定員]要予約。先着8人ていど(あと1人) shisekitai@nifty.com)

お名前・ご住所・携帯番号を明記してメールで事前にお申し出ください

 [参加費],500円(受講料・資料代込、茶菓付。当日お支払いください。学割2,000円、当日学生証を持参ください)

 [概要]慶応4年3月~4月(1868年4月~5月)、近藤勇の流山移動、捕縛・死刑など

 [会場]中村武生歴史地理研究室(京都市営地下鉄東西線「二条城前」駅から東へ徒歩5分)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【現地をあるきましょう】

新講座「元治甲子戦争(禁門の変)をあるく・知る」

第3回 長州毛利家、嘆願開始(座学第2回)

 2019年6月30日(日)

長州勢が山崎・伏見に布陣し禁裏に歎願を開始します。信用できる史料を講読します。

場所・時間:中村武生歴史地理研究室、午後2時

要予約(メールで)

定員:8名(あと2名)

参加費:,500円(資料代・講師料込。現地でお支払いください)

 

第4回 八幡・橋本をあるく(巡検)

2019年8月18日(日)

 長州勢布陣の八幡、山崎と行き来した橋本を絵図片手にあるきます。現地で史料も読みます。

集合場所・時間:京阪八幡市駅改札前、午後2時

要予約(メールで)

小雨決行

定員:あと数名

参加費:,500円(資料代・講師料込。現地でお支払いください)

 

終了いたしました「徳川末期京都、絵図ぶらり」いたします!

第12回 2019年4月21日()

行き先:下京

新選組屋敷跡のあった京都南端から北上します。西本願寺、本圀寺跡など政治史の舞台地など、いろいろをもとめ徳川末期の絵図などを片手にぶらぶらします。急なコースの変更がありましたらお許しください。

集合場所・時間:JR京都駅中央改札前、午後2時

予約不要

小雨決行

参加費:,500円(資料代・講師料込。現地でお支払いください)

懇親会もします(参加自由。別途有料)

 

しばらく休講します。申し訳ありません。

「花洛名勝図会」をあるく

◎第28回 岡崎18

集合:午前10時までに、京都市左京区の京阪「神宮丸太町」駅改札。

行き先(予定):善正寺、香川景樹宅()など。

雨天中止。千円。参加自由。予約不要。

交通費・拝観料は自弁ください。

コースは変更する場合があります。

 

 

御土居堀をあるく都市に埋没した城壁・環濠の痕跡をさがす

 ※豊臣秀吉期に構築された京都の城壁・環濠の跡地を1周しています。

2019年5月5日(日)、午前10時~12時 終了しました

集合:京都市東山区の京阪電車「祇園四条」駅改札、午前10時までに。

行き先:集合場所の西、四条通から洛中惣構土居堀の旧蹟地を北へあるきます。

○参加自由。予約不要。 ○雨天中止 ○参加費:千円(現地でお支払いください)

 

主催:京都御土居堀研究会

 

中村武生のくずし字初級会-毎週読もう

※実際にくずし字を読む演習です。明治維新期の史料を読みます。

現在は、西村兼文『甲子戦争記』を読んでいます。元治元年7月19日(1864年8月20日)です。

初心者歓迎。.

要るもの:鉛筆、けしごむ、原稿用紙、『くずし字用例辞典』(東京堂出版)など

週イチ

毎週水曜日、午後7時~830分ごろ(1時間30分ていど)

茶菓付、持参下さってもけっこうです。

場所:中村武生歴史地理研究室

予約制、月額8,000円(大学生などは学割6,000円。原則5週目は休講、祝祭日も同様)。月の途中からの参加も可能です。

茶菓付

定員:8人ていど(キャンセル待ち)

対象は、初心者です。 

 予約は中村武生歴史地理研究室(メールtasuki@dream.nifty.jp)まで。

|

2019.06.13

京都市は有待庵を「現在のまま保存することに意味はない」と

京都市の発言。大久保利通邸茶室「有待庵」。
 「指定文化財でないとして詳細な測量・調査はせず、『御花畑から移設した際、その後も手が加えられており、現在のまま保存することに意味はない』として壁を取り壊し、主要部材のみを残す作業を行いました」。

 「茶室を移築した経験がある民間企業のように、部材がデリケートで破損の危険性があるため、解体せずに移設するなどの具体策に言及したものもありました」。Ccf20190613_00002

でも無視なさったようです。
本日発売の『週刊京都民報』(今月16日号)。

 

|

2019.06.07

有待庵は「破壊」されたのですよ

今回の有待庵の件は、現状を大きく変えることになると気付いておられるか。実態は柱など骨格などのみの保存で、土壁などは破棄するものである。しかも測量図なども作らなかった由。これ旧蹟破壊でしょ。何で皆さん問題視しないの?

|

2019.06.03

有待庵移築保存につき、京都市への抗議文

 本日以下の抗議文を京都市に提出しました。

2019年6月3日

京都市長 門川大作殿

京都市文化市民局長 別府正広殿

京都市文化財保護課長 中川慶太殿

  特定非営利活動法人京都歴史地理同考会 理事長

  京都女子大学・大谷大学等 非常勤講師 

                    中村武生

大久保利通石薬師屋敷「有待庵」建物等の移築保存に関する抗議文

 私は去る本年5月21日付で以下のような内容の要望書を提出しました。

 有待庵建物等の保存につき、歴史的価値のある茶室移転の経験を有した専門業者が、費用の全面負担や技術の提供を申し出ている。この申し出は得難いことで、歓迎すべきことである。当該業者との話し合いの場をすみやかに設定し、開かれた場での保存措置が進められることを深く望む。

 当該業者とはご承知のとおり株式会社宮帯(代表取締役社長宮下玄覇氏)です。宮帯は、徳川前期、加賀金沢侯前田利常が小堀遠州に設計させ、鞍馬口通新町の旧後藤覚乗邸(擁翠園)に建設した茶室「十三窓席」(擁翠亭)を移築・再建した実績をもちます。宮帯第一秘書尾山淳二氏から原田良子氏を介して中川慶太市文化財保護課長に上記を申し出たのは、5月17日であったとうかがっています。ところが宮下社長や尾山第一秘書が、中川課長と実際に対面できたのは5月29日午後3時でした(縁あって私も同席いたしました)。すでに12日も経過しております。

 地権者から許された建物移築作業期間が6月3日から9日のあいだであることは、私は5月21日に中川課長から直接うかがっておりました。建物移築のためには事前に写真撮影、測量、作図などの作業を行わなくてはならないはずです。6月3日からその作業を行い、期間中に問題なく移築を完了するには周到な準備が必要と存じます。それにも関わらず6月3日のわずか5日前に宮帯の責任者と初めて会うというのは理解に苦しみます。

 もちろん宮帯以上の資力や技術を有する業者などがすでに同様の申し出をしていて、そちらがより良い仕事を遂行できるのならそれは望ましいことです。しかしながらそれを推し量る場を設けることなく、移築作業直前まで放置していたというのは怠慢のそしりを避けられないのではありませんか。

 5月29日の面談の場で、当日午前中に地権者から建物等を京都市に譲渡するという申し出があったとうかがいました。私は有待庵建物等が無事保護されるのであるなら、当面は民有・公有の是非を問うべきではないと存じます。

 しかし公有化された以上、市有地もしくは市管理地に有待庵建物等は移築されるはずです。5月31日付京都新聞朝刊が、可能性のある土地としてかりに挙げた3ヵ所はいずれも指定文化財等で、文化庁による現状変更の許可を得なければ移築できないはずです。6月9日以前にその許可が下りるとは考えにくく、同記事によれば、いったん建物は解体し「数年のうちの移築再建を目指したい」とありました。

 そこで注意すべきことがあります。建物を解体すれば古材は保護されるかもしれませんが、壁などは崩され再利用は困難になるということです。古材にとどまらず、壁等もふくめて現状維持し、後世に有待庵建物等を伝えるべきと存じます。

 これについて宮帯は建物を解体せず、そのまま移送する技術を持ち、またその用意があると聞きました。そのうえで宮帯が提供を申し出ている土地(民有地)に移動させるならば、有待庵建物は現状を損ねること僅少で維持することが可能でしょう。

 有待庵建物の構成要素のうち、古材以外の部位破棄の危険性のある処置を強行することは暴挙といえます。これでは有待庵建物を現状にちかい状態で後世に託すことはかないません。これを「保存」といえるでしょうか。私はむしろ「破壊」に等しい行為であると存じます。つよく抗議いたします。

 私は一企業の利に関わる者ではありません。近世前期の茶室移転・再建の経験もあり、資力もある企業の申し出を得難いものと理解しているにすぎません。しかしその企業の意思を無視し、閉鎖された場で「破壊」に等しい移築措置が決定され、実行に移されようとしていることに違和感をもちます。

 以上、すみやかに誠意ある書面による解答を求めます。

|

2019.06.02

去る5月21日付、大久保利通の石薬師屋敷「有待庵」移築保存に関する要望書

公表が遅れましたが、去る5月21日に以下の要望書を京都市長等に提出しました。
2019年5月21日
京都市長 門川大作殿
京都市文化市民局長 別府正広殿
京都市文化財保護課長 中川慶太殿
特定非営利活動法人京都歴史地理同考会理事長
京都女子大学・大谷大学等非常勤講師 中村武生
大久保利通の石薬師屋敷「有待庵」移築保存に関する要望書
 去る本年5月20日付京都新聞夕刊、及び本日付同紙朝刊などによって、大久保利通石薬師屋敷内の茶室「有待庵」建物主要部材の保存方針を決定されたことを知りました。当該建物が指定文化財等ではないにもかかわらず、歴史的重要遺産と認識され、後世へ引き継ぐ英断をなされたことに心より敬意と感謝を述べます。同記事には現地ではなく、部材を使って移築・再現の方法を検討していくとありました。現段階ではやむを得ない措置かと存じます。しかし具体的にどのような方法・順序をへて保存を現実化されるのか記載がありませんでした。私も昨日現場を見る機会をえましたが、建物のみならず、損壊してちらばった石造物、庭石、樹齢の高いと推定される松など、あわせて保存措置すべきものが多く残されていることに気づきました。これらについても建物同様の措置が取られることを望みます。移築保存に多額の費用と技術が必要とされるなか、信用できる筋の情報によって、歴史的価値のある茶室移転の経験を有した専門業者が費用の全面負担を申し出ていると知りました。とてもありがたいことと存じます。ところがその業者は現在まで地権者と交渉する機会を得ずにいるとも聞きました。これはどのような事情によるものなのでしょうか。建物の破損は決して軽いものではなく、費用も安価で処理できるものではないと存じました。これら費用はもとより、技術や経験を活かしたいと望む業者の存在は得難いと存じます。ぜひとも当該業者との話し合いの場をすみやかに設定され、開かれた場での保存措置が進められることを深く望みます。

|

2019.05.30

大久保利通京都邸跡茶室「有待庵」の保存問題の件

 

Ccf20190524_00003 Ccf20190524_00004 

大久保利通京都邸(石薬師邸)跡茶室「有待庵」の保存問題について、本年去る5月26日付『週刊京都民報』に報じられた記事です。

|

2019.05.28

天誅組兵糧方、林豹吉郎は蘭学者だった

去る5月26日(日)、奈良県五條市の市立五條文化博物館の企画展「林豹吉郎」を参観しました。恥ずかしながら、林豹吉郎がこんな教養人とは知らなかった。天誅組の兵糧方で大砲製作にも関わったとしか認識していなかった。江川太郎左衛門英龍や緒方洪庵に学んでいたとは。蘭学者やったんや。ちなみに参加者伊吹周吉(石田英吉)も緒方洪庵門下の蘭医出身である。浪士の評価に関わる。天誅組は無頼漢の集合体ではない。参加時の年齢(享年)は数え47歳である。分別はある立場のはず。なぜ天誅組に参加したのか、興味深い。
 滞在は2時間半ていどであったが、その間来室者はたった5組弱。もったいなあと思った。たまたま出会った横浜の皆川真理子さん1人をのぞいてすべて一瞬で出て行きはった。五條市の天誅組の啓発はまだまだ足りません。もったいないなあ思いました。久しぶりに自身に「あんた幸せな人生送ってんな」思いました。実に小さい展示室に2時間以上いて、写真撮影ペケだったので展示内容を立ちながらPCにひたすら打ち込んでたのね。文書を読んだりして。「あんた何してんのん」と自分に思ったのね。めんどくさと思わずにしてることに対して。
 参観後は過去の図録買ったり、前日の学芸員さんによる講演レジュメをいただいたりする(皆川さんのおかげ)。
 行きはタクシーを使いました。1760円でした。帰りはコミュニティバスを使わせてもらいました。無料でした。ありがとうございます。
 その後、五条駅で皆川さんと別れて1時間だけ大和五条の天誅組旧蹟を歩きました。まずは犠牲者鈴木源内ら6人の犠牲者の掃苔を24年ぶりにいたしました。まあたらしい墓地案内板ができていて助かりました。そのあと五条代官所跡である市役所に行きました。昨年建った碑に気づきました。初めて来たのは1982年でした。37年前。変化甚だしいです。そのあと1937年に乾十郎遺族乾材三による碑を訪ねたあと五条駅に戻る。たいへんな暑さでしたが、忘れがたい一日でした。

|

2019.05.16

有待庵の建物図面(平面図)を提示します

有待庵の建物図面(平面図)を提示します。この建物の移築先として名乗りを上げて下さる個人・組織を希望します。京都地方法務局蔵、1976年7月21日に測量された図を中村がトレースしたものです。

Ccf20190516_00000

|

大久保利通邸の茶室「有待庵」保存の要望書を京都市長などに提出しました

 昨日、京都市上京区中筋通石薬師に存ずる大久保利通邸跡の遺構、茶室「有待庵」建物の保存を求めて、京都市長など宛の要望書を提出しました。以下がその要望書です。現地での保存が困難なら、解体し移築下さることを願っております。同建物や敷地は文化財などの指定や登録は受けていません。しかしその歴史的価値は甚大と存じます。

2019年5月16日

京都市長           門川大作殿

京都市文化市民局長    別府正広殿

京都市文化財保護課長  中川慶太殿

 

特定非営利活動法人京都歴史地理同考会 理事長

京都女子大学・大谷大学等 非常勤講師

中村武生

 

大久保利通の石薬師屋敷「有待庵」建物保存の要望書

 

去る本年5月15日付京都新聞朝刊によって、幕末期における大久保利通の石薬師屋敷内の茶室「有待庵」建物が旧敷地内に現存していたことを知りました。

大久保利通の石薬師屋敷は、二本松薩摩島津屋敷(現同志社大学今出川キャンパス付近)に近く、そばの塔之段地区の西郷隆盛、寺町今出川下ルの黒田清隆など、多くの島津家家臣が居住していました。有待庵建物はその数少ない遺構です。

慶応2年(1866)春ごろ、大久保は当該屋敷のほか南側の建物も入手して、薩長同盟後に入京した長州毛利家の品川弥二郎などを潜伏させていました。大久保はこのとき西陣織の大和錦などを品川に託し、それが周防山口郊外に運ばれて戊辰戦争に使用される錦旗として調整されたことはよく知られています。有待庵建物はこのような政治的重要問題を密議する場所として使用されたと考えられています。

大久保の次男利武の調査によれば、洛北岩倉村に隠棲していた岩倉具視は、自身と縁のある農家の娘を大原女の姿に変えさせ、頭に乗せた薪のなかに密書を隠して送り出した。娘は石薬師屋敷の裏から「茶室」に入って直接大久保に手渡し、返事も同様に受け取ったという。この「茶室」が有待庵であることはいうまでもありません。

なお有待庵建物は、大久保の石薬師邸独自のものではありません。もとは鞍馬口通室町の近衛家別邸、通称「御花畑」屋敷にあったものを移築したものです。御花畑屋敷は在京の島津家の重要人物の住宅として使用されましたが、とりわけ家老小松帯刀の使用が著名です。この場所で薩長同盟が実現されたことも近年注目されています。すなわち有待庵建物は、薩長同盟の密議にも使用されたはずです。維新史の種々の重要現場を「みた」建造物といえます。

その建物がほとんど知られることなく現地に保存されていたことはきわめて意義深いことでありましょう。

 

しかしながら同新聞報道によれば、現在地権者によって有待庵建物は解体予定とあります。これはきわめて残念なことです。昨年は明治維新150年にあたり、多くの観光客が京都市をおとずれ、日本史の節目を体感されました。有待庵建物は当時公開されることはありませんでしたが、つぎなる200年、いえ永遠に、観光客はもとより、地域住民や子どもたちに、日本史の主要舞台地が京都であることを伝える重要な施設として維持されるべきものと存じます。

 

私が理事長をつとめます、特定非営利活動法人京都歴史地理同考会は、2008年に発足した団体で、京都市内の史蹟に建碑を行ってまいりました。そのなかには前述の御花畑屋敷跡(2017年)のほか、西郷隆盛の塔之段邸跡(2018年)、山本覚馬・八重邸跡(2013年)などがあります。現在総数は15基です。その活動に対して、京都市から《平成28年(2016)度京都景観賞》景観づくり活動部門の「審査委員奨励賞」をいただきました。京都の史蹟を顕彰する立場にある者として、維新史の主要現場を「みた」建物の壊滅を深く惜しみます。

 

以上の立場から、大久保利通石薬師屋敷「有待庵」建物の保護を強く求めます。現地保存が困難であれば、建物を解体し別の場所への移築を望みます。敷地内建物の解体が進むなか、緊急を要します。なにとぞ速やかに地権者と話し合い下さり、保存措置の取られることを強く要望いたします。

|

2019.05.07

「御土居際」と「御土居」は別ものと『史料京都の歴史』上京区編解説者は気づかれなかった

※人気ブログランキングの順位の上昇にご協力ください。恐縮ですが、ご覧になられましたら右側の「人気ブログランキング」の部分をクリックしてください。

『史料京都の歴史』上京区編(平凡社)の解説者は、「御土居際」(「御土居筋」)とは惣構土居(御土居)ではないことに気づかれなかった模様。

こういうとき「後出しジャンケンは勝つに決まっている、あなたは先学への敬意をが足りない」という故某先生の名言を思い出す。

申し訳ありません。敬意が足りませんでした。

|

«中世の五条大路は現松原通